​“ない“ものを求めて頑張っても行き着く先は“ない“

おおよそ高校生ぐらいの頃からだろうか。僕は“ない“から頑張らないといけないと思い、焦燥感に駆られて頑張り始めたのは。

そして社会人になっても出来“ない“から頑張らないといけないと思って走り続けてきた。

  • 学力が低い(“ない“)から勉強を頑張って良い大学に行かないと将来はない
  • 英語が出来“ない“とこれからの時代生きてはいけない
  • 仕事が出来“ない“から他の人よりも頑張って成果を挙げなければいけない
  • 数字が読め“ない“と出世出来ない

思い返せばずーっと僕は“ない“からしなければならないという魔のフレーズに縛られて、何とか“ない“を無くすよう生きてきたように思う。

“ない“からスタートして何かに励み目標を達成したとしても、また別の“ない“を探してはムチ打って走ろうとする。

そんな自分にず~っと次のような違和感を覚えていた。

「あれ?どうしてこんな思いをしてまで、ここまでやってるんだ??そもそも将来良くなりたくて頑張ったのに、良くなったとは全く感じないぞ。」

そしてブログを始める前、次の問いに答えられないことにショックを受けた。

「頑張り続けた先、僕はどうなっていたいんだ?」

このままでは、ずっと“ない“の世界に住み続けることになる。目を背けたかったけど、このままではそうなることは避けられないことは分かっていた。

そして“ない“の世界の住人として居続けるのは無理が生じてきた。

だから僕は“ない“の世界の住人から“ある“の
世界の住人になると決めた

自分の“ある“に目を向けて、今の自分に“ある“自由で瑞々しい心地を味わい尽くすために、あれこれと取り組む。

“ない“から“ある“への発想の転換。

“ない“の状態で、もがきにもがいたからこそ手に入れた新しい視点。

“ない“の世界で大変だったけれど収穫は得られた。自分に起こることは全部マル!というのも信じることが出来る。

おちまい。

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