自慢します。
僕は若いのに、自分の意識の偏りに気付き、修正するために色んな行動に移して凄いんです。
これは昨日受けた問題解決セラピスト養成講座で、同期の受講生の方に褒められた内容だ。
これで記事を終わらせるとただの嫌味な奴になっちゃうよね笑。
それはそれで面白いけど笑。
この賛辞に対し、僕はある対応を取った。
そうすることで、
自分の才能が磨かれると知っているから…
昨日の講座では、グループになって、とあるワークの内容をシェアした。
そのワークの詳細を書くと長くなるからチャッチャと書くと
人から受け取ること、自分自身を愛すること、与えること
これまでの人生の中で、自分はどれに偏っていて、今後どこを増やしていけば良いのかを4人1組でシェアをした。
僕の内容をザックリ書くと
これまで受け取ることと与えることに偏りすぎていて、自分自身を愛することが出来ていなかった。今は自分自身を愛するために、自分の気持ちに正直になってやりたいと思うことを素直にやっている。
こんな感じの内容をもう少しゴチャゴチャ具体例を交えて話した。
僕の答えに対し、一回り以上歳が離れた方が次のフィードバックをくれた。
「その年齢なのに、偏りに気付き、修正するための行動を移しているなんてスゴイ。僕が君の年齢のときなんて何も考えてなかった。」
思わぬ賛辞に僕は驚き、
こう返した。
「いや〜そうなんです〜スゴイんです僕。褒めて下さってありがとうございます〜↑。」
どうです?
褒めた分を返せ!って言いたくなる嫌な奴でしょ〜笑。
このパッと見た感じ、嫌な奴っぽい対応したのには訳がある。
僕は知っているから。
才能は自覚すれば磨かれるということを。
尊敬するコンサルタントの本田晃一さんの動画セミナー”世界一ゆるーい幸せの帝王学”で次のことを学んだ。
才能は自覚すると磨かれる。”ある”に意識を注ぐと”ある”の木が育つ。”ない”に意識を注ぐと”ない”の木が育つ。
才能を自覚するにはどうすれば良いのか?
それは人から褒められたことを素直にありがとうと受け取ること。
褒められたことを「ありがとう」と言って受け取れば、”ある”の木が育つ。
褒められたことを「イヤイヤそんなことないです!」と言って拒絶すれば、”ない”の木が育つ。
だから素直にありがとうと受け取る。
それが才能を自覚し、磨くコツ。
これまでの僕なら否定することが美徳だと思ってその通りにしてきた。
けれどそれは自分の才能を封じ込めることに繋がる。
だから嫌な奴っぽく見えても素直に受け取ったんだよ笑。
僕は褒められて素直に受け取った。
そして次のように続けた。
「いやぁ〜Sさん(褒めてくれた人の頭文字)スゴイですね〜。この短時間で人の良いところを見つけて、その上自分よりも若造相手に抵抗なく褒めれるなんて。僕嬉しくなっちゃいました。」
まるでインチキセールスマンみたい
という突っ込みはおいといて、
どうして僕は褒め返したのか?
褒められて何かお返ししなくちゃと思ったから?
Yesだ!だけど才能を磨くという点で見れば不正解。
人のことを褒めるには、褒める相手の長所が自分に備わっていないと褒めることが出来ない。褒めることが出来るとそれが自分の才能でもあると自覚し、磨かれる。
これが褒めた理由の1つ。
あ、これも本田晃一さんから学んだこと。
分かりやすくいうと、
周りの友人でオシャレな人がいたとする。
「あなたのこのマフラー、色合いがコートに合っていてオシャレですね!!」と褒める。
これは自分がマフラーをオシャレだと感じるセンス、才能があるから褒められることなんだ。もしファッションに全く興味が無くオシャレじゃなければ褒めることは出来ない。
褒められるということは、その才能は自分にもあるということ。
僕はまず褒められて嬉しくなった。この嬉しい気持ちにさせてくれたSさんの素敵な所は何だろう?
そう問いかけて思い浮かんだのは、
短時間で人の長所を見つけ、年下相手でも褒められる度量の大きさ。
それを思い浮かぶということは、Sさんがその才能があるだけでなく、僕自身にもあるということ。
褒めようとして人の素敵な点を見つけ、
褒めてその人を喜ばせ、
褒めて自分の才能を自覚して伸ばすことができる
なんともまあ一石二鳥、いや三鳥なこと。
自分の才能は自覚すると伸びるという。
自覚するコツは褒められたことを素直に受け取ること。そして人の良い点を見つけて褒めること。
過度な謙虚さは捨てちゃって、人を褒めて受け取って才能を伸ばしていこうぜ!
おしまい。